【コラム】ワクチンのお話

予防接種(ワクチン)について

 皆さん、「VPD」という言葉をご存知ですか。「VPD」とは「ワクチンで防げる病気 Vaccine(ワクチン)Preventable(防げる)Diseases(病気)」のことです。VPDは誰にでもかかる可能性があり、いったんかかってしまうと、病気を確実に治療する方法はありません。
 乳幼児期は免疫(病気に対する抵抗力)が未発達なため、さまざまな感染症にかかります。そして感染していくことで免疫をつけながら成長していきます。総合的な免疫力を比較すると、生まれてすぐが一番弱く、6か月過ぎになると少しずつ強くなってきますが、2歳くらいまでは弱いままです。そのため、たとえば、肺炎球菌やヒブ菌などの菌が簡単に子供の免疫システムを通り抜けて、敗血症や細菌性髄膜炎など重大な病気を起こしやすいのです。麻疹(はしか)や百日咳なども、年齢が低いほど重症になりやすい病気です。免疫力が弱い子供たちがVPDにかかって重症化するのを防ぐ助けになるのが、ワクチンなのです。 一人でも多くの子供たちが予防接種を受けられるようにすることがとても重要です。

(ナウ・レッツ・ビギン№225より)


 1歳半健診に出向いたときのことです。20数人の1歳6か月前後の子供たちとその保護者が多く来場していました。ひと通りの内科診察をして、発達の遅れがないか、心配事がないかなどを聞くことにしていますが、私は必ず母子手帳のワクチン欄を見て接種が順調に進んでいるかもチェックするようにしています。
 ある患者さんの母子手帳のワクチン欄を見ると全く記載がないことに気付いたので、てっきり母子手帳を紛失して新しい手帳を再交付してもらったために過去のワクチン接種歴が失われているものと思ってお母さんに確認しました。するとこれまで全くワクチンは接種しておらず、今後も接種する予定もないとのことでした。お母さんに接種しない理由を尋ねたところ、副作用が心配とのことでした。もともとかかりつけの先生はいらっしゃるはずで、その先生も未接種のことは把握されているはずですので、私からあえてしつこくは言いませんでした。「はしかに罹って死ぬこともあるし、命が助かっても後遺症で苦しむことはあります」旨の話だけさらっとしておきました。たぶん両親は確固たる信念のもとに、わが子にワクチンを接種させないことを決めておられるのでしょうから、私が時間をかけて説得しても無駄だろうと思いました。
 副作用で困る確率と実際にその感染症に罹患して苦しんだり、命を落としたり、後遺症を残したりする確率を比較すると、後者の確率がはるかに高いはずです。副作用もゼロではありませんので、ゼロでないと気が済まない保護者にはワクチンは受け入れられないかもしれません。ただ冷静に上記の確率論から考えると、やはりわが子にはワクチンを接種するべきで、防げるものは防ぐべきだと思います。ワクチンなしでこれから生きていこうとする子供さんが、恐ろしい感染症に罹らず、健やかに成長されることを切に望んだことでした。

(ナウ・レッツ・ビギン№275より)

ワクチンって、病気が流行らなくなればもう要らないのでは?

 過去のワクチン中止により百日咳で113人が死亡

 今、日本では、予防接種法という法律に基づき、子どもに麻疹(はしか)やジフテリア、ポリオなどのワクチンを接種することが勧奨されています。「まわりにそんな病気の患者さんはいないのに、なぜワクチンを使わなくてはならないの?」とよく聞かれます。これらのワクチンで防げる感染症(VPD)は、国内はもとより、海外でも根絶されたわけではありません。今、VPDの多くは、ワクチンの接種率が高く保たれているために患者が出ていないだけで、予防接種をする人が少なくなれば必ず再流行します。
 分かりやすい例を挙げると、日本では昔、百日咳により赤ちゃんや子どもを中心に毎年10万人以上の患者が発生し、1万人以上が亡くなっていました。1960年代後半、百日咳に対するワクチンが広く接種されるようになってからは患者数が激減し、ほとんど見られなくなりました。しかし1970年初め、百日咳ワクチンを接種した後、2人の赤ちゃんが亡くなりました。当時は「百日咳はもはや過去の病気なのに、国がワクチンを勧めたせいで赤ちゃんが死んだ」と大きく報道され、国民は不安に陥りました。国はこれを受け、百日咳ワクチンの子どもへの接種を数年間中止します。すると、百日咳の患者数は年間約1万人を超え、死亡者は年間20~30人に増えました。
 百日咳ワクチン接種の後に亡くなった2人の赤ちゃんは本当に気の毒です。でも、専門家の間では、ワクチンが死亡の原因だったのかは非常に疑問と考えられています。一方で、ワクチンが再開されるまでの間に113人が百日咳のために亡くなりました。国や自治体が予防接種の制度を中止すべきなのか、あるいは保護者が自分の子どもにワクチンを接種するかを判断するには、ワクチン接種の中止により百日咳による死者が113人に増えた事実と、2人の死亡との両方を考えないとなりません。

 年間260万人がワクチンで防げる感染症で死亡

 また、最近の日本でも、予防接種率の上昇によって国内での流行がなくなった麻疹(はしか)が2014年1月、流行地のフィリピンから持ち込まれ、多くの地域で予防接種前の1歳未満の赤ちゃんや、2回のワクチン接種を済ませていなかった人の間で流行しました。
 毎年、世界で700万人近くの5歳未満の子どもが感染症で死亡しており、そのうち260万人は、ワクチンが届かないためにVPDで死亡しています。一方、ワクチンの接種率が高い国では、過去に年間数千~数万人の患者や死者を出していたVPDの患者が激減していることを忘れないでほしいと思います。

(ナウ・レッツ・ビギン№320より)